書けない読めない看板もない人もいない…ないないないづくしのJR留辺蘂駅

上川町・層雲峡温泉街を過ぎ、大雪国道を北見方面に向かうと、40kmも車の中の人以外に人の気配を感じない一帯が続いてしまう。
真冬ではアイスバーン、さらに荒天時に【越路吹雪】と化してしまうので、いくら車にタイヤチェーンを巻いたり、スタッドレスタイヤをはかせたとしても観光客風情では怖くて足を踏み入れられない



ここで取り上げるのは、JR石北本線留辺蘂駅であるが、上川町から留辺蘂駅への移動は、レンタカーでの国道39号線だった(大雪国道~石北峠~北見国道)。この間、とくに見るものなし。最大の難所・石北峠(標高1050m)は全く記憶に残っていない。水銀鉱山だったイトムカ鉱山の入口が道中、国道に面してあるが、だからどうした程度にしかならない

道中にある、北見大和郵便局に入った際、窓口の局員から聞かされた話に苦笑させられた。
「トイレを貸してくれとよく言われる」
ですって。無理もない。層雲峡温泉街のホテル群を過ぎると、視界に入る建物でトイレがありそうなところはここまで約40kmもないんですから。そもそも、層雲峡温泉街から北見方向に向かっての約40kmの大部分は、山を切り開いて作ったところなので人家すらない。

JR留辺蘂駅に向かった。留辺蘂駅の配置は、国道39号線の北に位置している。
留辺蘂駅舎の位置は、国道39号線を基準にすると線路の向こう側(北)にある。



JR留辺蘂駅にどんな感じでたどり着いたか、駅前にタクシーがいたかどうか、人がいたかどうか…記憶が飛んでしまっているので書きようがない。留辺蘂駅にいた時間、誰も見かけなかったぐらいのイメージしか残っていない。そんな感じの、留辺蘂駅について、撮った写真をもとに云々書く形にしてみた。

JR留辺蘂駅1
留辺蘂駅舎。写真左手が北見方向、右手が遠軽・上川方向

なにがしかの看板が取り付けられるように用意されている入口前の囲いに、何にも取り付けられていない姿は悲しい。
画像検索すると【歓迎 温根湯温泉峡】と表示すべく、表示板が取り付けられる写真が多数見つかるが、現地に行ったときはごらんの通り。

どうやら、無人駅になる際、表示板が撤去されて残骸が残ったということのようだ。

JR留辺蘂駅2
「る」「べ」「し」「べ」とプレートが取り付けられている。
「留」「辺」「蘂」では「蘂」が読めない、細かすぎるから、ひらがなでも無理もない。

JR留辺蘂駅3
留辺蘂駅のホームは2面3線構成である。そこで、1面目から2面目の間にある線路をまたぐ形で、こ線橋(陸橋)が掛けられている。国鉄時代、国鉄の基準にのっとって掛けられたと考えられるが、どうみてもオーバースペック。とはいえ、取り壊すより使い倒した方が安上がりになりそうだからそのままになっていると考えられる。ただ動線の意味では、線路内に通路を設けて1面目⇔2面目を行き来した方が断然楽だ。

JR留辺蘂駅4
1番線ホームと、2・3番線ホームの間を移動するのに、えらく遠回りしそうな感じと写真がなってしまっている。
普通列車⇔特急列車の乗り換えがめんどくさそうだなぁ…

ただ、留辺蘂駅の時刻表を見る限りでは、乗り換え云々は考える必要もない。
普通列車⇔特急列車の運行時間に間があり過ぎる。





後付けだが、シブがき隊の歌が頭をよぎってしまった。

ないないない、●●がない

なんてね。「留辺蘂」の「蘂」が書けないのはほんの序の口だ。
「留辺蘂」が読めないのも珍しくない。
人が少ないから、無人駅に替えられた。
看板設置用のスペースまで、撤去されてない

ないないづくしだ。
留辺蘂町として自治体だった頃は駅員がいたが、平成の市町村合併で北見市に大同合同された今では、北見駅以外はみんな駅員がいない無人駅

※実際には「簡易委託駅」ということで、まれに駅務を行う人がいるとのことだが、通常は無人駅と言い切って構わない。

実は、新旭川~網走間の石北本線で、今も駅員がいる駅は上川、遠軽、北見、網走の4ヶ所しかないので、北見市民的には無人駅だらけでも驚くようなものでもないのかもしれない。
「町」から「街」へ人が出て行って、廃れて行く様を留辺蘂でも見る形となってしまった。

ジタバタせず、ツベコベ言わず、さっさと北見まで書かないと…

テーマ : 駅の写真
ジャンル : 写真

鉄道では行けない大雪山のふもと・層雲峡温泉

駅だけを見たら、隣の愛別町より格段に大きい街だろうと思えてしまう、上川町の中心駅・JR上川駅を後にし、大雪国道39号線に戻り、北見へと向かった。

鉄道駅のネタなのに、移動手段はレンタカーなんて失礼な形だったが、やむを得ない。
上川→北見を寄り道せずに移動するなら特急オホーツク号で事足りるが、途中の駅に寄りながら行こうとすると、列車運行本数の関係から時間がかかり過ぎて無理に等しいのが現実だ。

大雪国道を進み、層雲峡温泉にたどり着いた。
ローカル幹線鉄道は、主要国道に近似する形で敷設している場合が多いので、層雲峡(温泉)駅もあるだろうって?
残念。
上川→北見は、鉄道ではJR石北本線が敷設されているのであるが、上川→北見はこの間の主要国道・39号線とは離れた場所に敷設されている。

上川→北見については、明治期に上川→北見峠→(現)北見市街の道路が建設され、それに沿うような格好で石北本線が1900年代前半の大正・昭和期に敷設された。層雲峡温泉へはやってこないルートで。その後路線変更はされていない。
その後、石北峠の開通に伴い1960年に国道39号線のルート変更がされた。層雲峡温泉がルートに含まれた。

そんなことである。
実は、1922年に公布され、1987年4月1日のJR発足に伴い廃止となった「鉄道敷設法」では、(既存の)帯広=上士幌を延長する形で上川駅まで路線が敷設されるはずだった。敷設されていれば「層雲峡温泉」または「層雲峡」駅ができたのだろうが、できていたとしても廃線の憂き目に遭っていたと思われ…



とりあえず層雲峡バスターミナルに入ってみた。
そこから見える周辺の風景は、少し離れた場所に断崖絶壁が続くというものだった。

層雲峡温泉1
国道39号的には上川方向の写真

層雲峡温泉2
層雲峡バスターミナル。ここに観光協会や郵便局も入居している。
撮影したというより、写り込んでしまった形であるが、写真の右端にはロープウェーのケーブルらしきものが写っている。
層雲峡温泉は、大雪山登山口の一つでもある。ついでに、スキー場もある。

層雲峡温泉はふらっと立ち寄っただけだった。
立ち寄った後は、石北峠経由で留辺蘂(るべしべ)へと向かったのだった。






※層雲峡温泉街を過ぎて北見方面へ向かった場合、道中の石北峠に「峠の茶屋」なる店があるようではあるが、気を付けていないと見落とす。見落としてしまった場合、留辺蘂(るべしべ)まで約数十キロにわたってお店どころか自動販売機、トイレすらないので、層雲峡=留辺蘂間で用をもよおす可能性が無いよう、のどを潤す水分を確保しておくようお気を付け下さい。
さらに、国道39号線ではガソリンスタンドは層雲峡温泉街にはなく、上川市街を過ぎると留辺蘂の手前まで約90kmありません。

テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

【祝・平昌五輪金メダル高梨沙羅選手】横断幕が用意されているに違いないJR上川駅

ありがちな建物の造りより、隣町にある高校の「就学支援ポスター」にクラクラしてしまったJR石北本線中愛別駅を後にし、北見に向けて大雪国道39号線を進んだ。「愛別」「中愛別」と来たら、次は「愛山」となるのであるが、別に全駅制覇を狙っていたわけではなかったので、カーナビで探しすらしなかった。

安足間(あんたろま)、東雲(とううん)の両駅もスルーした。カーナビで目的地の一つに指定しておいた上川駅へ向かい、着いた。

※実は、「高梨沙羅選手に逃げられた高校の最寄りなんて書けるはずがないJR上川駅」なんてタイトルで書くはずだったが、時間が取れたのが現地訪問から100日以上過ぎた年末。時節柄「上川高校」より「平昌五輪」を取り上げた方が平和なので変更しました。




JR上川駅ロータリー
高梨沙羅・勢藤優花選手の横断幕

やたらと広々した駅前ロータリーが広がっていた。
ちょっとした地方都市のような広さが…実は人口数千人の「町」でしかないのだが、広さでは小都市のように見えてしまう。

中心駅では、地元でヒロイン(orヒーロー)が登場すると、垂れ幕や横断幕で「」とやるのが常だ。当日は上川町出身の2選手、高梨沙羅、勢藤優花の名前を記した「W杯女子ジャンプ」の横断幕が、駅前ロータリーから見える形で、駅舎の一角に掲げられていた。

それ以外は、ほとんど記憶に残っていない。

駅舎の中に入ってみたが、小ぎれいだが、広さに似つかわしくない人のいなさぐらいしか記憶に残っていない。
無人駅だったらホームに入ってみたところだが、有人駅で、改札口を通過する格好の造りから止めた。
改札口の向こうにかすかに見えたホーム、わざわざ掲載するまでもないから、載せない。

「中愛別」と記憶している、道立上川高校への就学支援ポスターの存在は、上川駅ではチェックできなかった。上川駅に貼られていたかどうかは確認できなかった。





現地に向かい、写真を撮った時に思ったことに、大したものはない。
だが、後講釈はそれなりに付け加えられる。

JR上川駅とJR愛別駅は、所在町の人口では大差がないので、「上川駅は立派過ぎる」と思いそうになる。だが、愛別駅を拠点とする地域に観光もへったくれもない一方、上川駅には「層雲峡温泉」がある。「層雲峡温泉」に近接したスキー場もある。そんなことで、「層雲峡温泉」行きのバスターミナルの意味もある。したがって、JR上川駅はJR愛別駅よりご立派で当然となる。

その一方、町の誇りの同級生、高梨沙羅、勢藤優花の2人は「15の冬(春とするには寒過ぎる)」に旭川の学校へ出て行ってしまった。高梨は実質、高卒資格取得を支援する学校に、勢藤は旭川龍谷高校へ。長野オリンピック金メダリストの原田雅彦と並んで、スキージャンプの選手が町の三大有名人となるのであるが、三大有名人はそろって高校進学時に町を離れた現実がある。原田雅彦は札幌の東海大学第四高校(後に東海大学付属札幌高校へ改称)へ進学している。そうした一方で、隣町にまで「上川高校就学支援」なんてやっている現実を見せつけられると、人材流出なんてフクザツな気分にさせられざるを得なくなるのである。

テーマ : 駅の写真
ジャンル : 写真

今となっては就学支援ポスターしか印象に残っていない、JR中愛別駅

「改札口跡」がある愛別駅を後にし、大雪国道・39号線をひたすら北見に向けて進んだ。
中愛別郵便局の角を左に曲がると、JR中愛別駅にたどり着く。

この駅にたどり着く前と、駅を発った後の印象、さっぱり残っていない。
だが、記憶に間違いがなければこの駅の待合室に、北海道上川高校への就学支援ポスターが貼られていた現実だけは辛かった。就学支援ポスターの写真を撮っていなかったのが無念だ。

記憶があやふやなので、ごくシンプルに写真を貼るだけで終わりです。



JR中愛別駅1
JR中愛別駅2
国道39号線の郵便局の角を曲がると、真正面に小さな駅舎が現れる。

いかにもインスタ映えしそうなアングルだ。




JR中愛別駅3
駅舎側・下り線ホームから、駅名標が入るよう中愛別山を撮影した写真




実際には、線路の上に設置された跨線橋(陸橋)や、ホームの手前で単線から複線に変えられる線路の写真も撮っているのだが、長々しくなるので掲載していない。

その一方、現地ではふーん…としか思わなかった「北海道上川高等学校就学支援制度」のポスターについてだけは、写真を撮っておくんだったと後悔しきりだ。

若年層の人口減少が激し過ぎ、「(市区町村の)町」地域を構成するのに必要な施設と考える、高等学校を維持するためにこんなことまでしなければならないなんてと。それも、隣接しているとはいえ、上川町内ではない愛別町にまでポスターを貼らなければならないなんて。

中愛別駅がある愛別町は、若年層の人口減少が激し過ぎる結果、2011年3月をもって高校が無くなった。
愛別町内の自宅から高校へ通学するなら、西の旭川市内か、東の上川町内の上川高校しか選択しようがない。

旭川市内ではまだ若年層の人口減少が激し過ぎるなんて事態に至っていないのだが、上川町内は愛別町同様若年層の人口減少が激し過ぎる現実がある。

そこで、上川町は町内に高校を存続させるために、血税をはたいてまで、町外からも「制服代や教科書代、通学交通費や下宿補助のお金を上げるから生徒になって」と懇願しているように見えた。理屈の上だが、「どこの人」「いくつの人」なんて規定がないので、最終学歴が中学校卒業の老人でも、遠島扱いの手に負えないなんとかでもいいとなってしまう。

その懇願が何をもたらしているか…考えたくもない。

北海道上川高等学校について、どうしても頭をかすめてしまうのは、2018平昌オリンピック金メダル候補の高梨沙羅選手に逃げられてしまった感じのこと。

上川町立上川中学校→旭川市のグレースマウンテンインターナショナルスクール入学4ヶ月後に「高認合格」→1年次早く日本体育大学へ入学

いわゆる(国公立私立を問わず)進学校や拝金主義私立スポーツ高校でないのなら、地元の高校に素直に進めばいいのでは? と素人目には思えてしまうので、逃げられてしまったように感じられてしまう。だからそこまでアゴ足つきで…なんて印象を持たされることに。

生々しい「就学支援制度」ポスターの後味の悪さばかりが印象に残ったのでした。





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プラチナヒルズ

Author:プラチナヒルズ
黄海…もとい後悔三国(中華人民共和国、大韓民国、朝鮮民主主義共和国)は反日で構わないが、プロパガンダで貶めるから嫌いです。
原発は放射性廃棄物の無害化技術が実用化されたら賛成に回ります。

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