(国鉄→JR西日本)旧大社駅その3・プラットフォームとSL・D51

旧国鉄、旧JR西日本の大社駅について、前景、駅舎内部と出してきたが、これで打ち止めです。
プラットフォームと、展示されているSL・D51の写真です。






まずはホームの写真。

「たいしゃ」「TAISHA」と記された駅名標、JR西日本仕様に変えられないまま、営業を終了したことが分かる。

駅名表の真下には、3人掛けのシートが置かれている。
たぶん、シートも営業終了からそのままだろうか…ただ、経過してしまった月日による劣化は隠せない。
合皮と思われるカバーに長い裂け目が生じ、中のウレタン素材が見えるようになってしまっている。

ウレタンをわざわざほじるような人はいないと思われるので、すぐにどうなるってことはなうと思うが、このシートまでが重要文化財の対象になっているとは考えにくいので、そのうち撤去される運命と思える。


プラットフォーム。乗降客が1日何十人しかいない北海道・函館本線の夏場の線路内ほど極端ではないものの、線路内に雑草が生い茂ってしまっている。鉄道運行があるわけでもなく、常時草刈りを施さなければならないようなところでもないので、これは仕方がない。
芝刈りにカネを掛けるぐらいなら、出雲市民の市民生活に金を回せ、当然です。

重要文化財として管理が行き届いている駅舎に比べると、管理レベルが落ちるのはやむを得ない。



駅を保存する際、何かモニュメントのようなものをパッケージとして残すのは珍しい事ではない。

よくあるのは、直径が大人の背丈ほどある、蒸気機関車の車輪である。
だが、蒸気機関車(SL)を展示するところは少ない。

このSLは、1974年11月30日に本州内で最後に走った最終営業運転の牽引蒸気機関車とのこと。

①営業運転を終了した後は廃車保管をされていたが、(旧)大社町が無償貸与を受け、出雲大社神苑に展示されていた

②2001年になり、旧大社駅整備施策の一つとして、大社町合併50周年を機に出雲大社の特別な高配によって、旧大社駅に移設展示された

③大社町が平成の市町村合併で、新・出雲市の一部に変わった後も展示方法に変更なし

って流れなんですと。

ただ、この写真はアングル的に大失敗だ。車両と、木造駅舎の屋根が、色が黒でかぶってしまっているので、車両と駅舎の境目が区別しにくい格好になってしまっている。

現地で写真を撮った際、土の盛られ方や、水路の配置なんかからイマイチ、D51だけをを撮影するための良いポジションが取れないなぁ…と感じてはいたが、改めて見てもイマイチになってしまっている。

とはいえ、旧大社駅の駅舎をバックに展示されているD51のカットはなかなかだ…と自賛してみる。

旧大社駅の線路に展示されるD51は「単体」を欲しい人には残念だが、駅の風景としては有難い。

こういうものと思って見るのがよいようです。





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原発は放射性廃棄物の無害化技術が実用化されたら賛成に回ります。

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