(国鉄→JR西日本)旧大社駅その2・駅舎内。ナゾだらけだ

国鉄、旧JR西日本大社駅前景は前に出したが、中も実に豪華な作りだった。
大正時代の木造名建築としていい。

この名建築が出雲大社の門前として機能したのは、せいぜい高度成長期までと思われ。
そこで、駅として使われた形跡は昭和の雰囲気である。

駅として使われた最後は、平成2年3月31日だが、平成に入ってからは取り立てて機材の取り換えとかがなされていないはずなので、昭和のたたずまいとしていい。

大正建築の中には、昭和のものが並んでいるので、LEDどころか電球式の電光掲示板なんてものもない。
蛍光灯をバックライトに用いたような、ガラスに書かれた「出雲市」行き全15本の時刻表があるのみ。
昭和後期の名残とするのがいい。

駅舎屋内の写真を並べます。






まずは大社駅からの行き先となりそうな、日本全国主要駅までの運賃表である。東京が東端、熊本が西端。
北海道・東北・北陸・九州の日豊本線沿線あたりは一切記されていない。

基本的に「運賃だけ」なので、特急・急行・寝台・グリーン車なんかは「一応書いています」の扱いにしかなっていない。
それから、新幹線の特急料金・グリーン料金も記されていない。

パネルに載せられる「金額」数字は、明らかに数字を記したフィルムが貼られた形だ。
大社駅が廃止になる1年前に消費税が始まったので、それに合わせて貼り換えたものがそのまま残されていると考えるべし。

21世紀的な考え方をすれば、「なんでテプラを使わなかったの」となってしまうが、1989年はまだテプラ登場直後で、普及していなかったのだから、しょうがない。何気に時代の移り変わりを感じてしまう。


正面から見て左手の、切符を売る窓口。
窓口の上に、運賃表が掲示される形になっている。
最近の窓口は、物理的に窓口と客との間を遮らない造りになっているが、かつてはガラスなどで遮る形が一般的だった。

建屋の雰囲気から、自動券売機が設置されていたようには考えにくいので、駅としての最終営業日まで、人を介して切符を売っていたものと推定できる。

ただ、最後の頃はどうやって遠地までの切符を売っていたのか…想像がつかない。

自分が知る限りではあるが、1985年3月、兵庫県尼崎市にある塚口駅(東海道本線)で売られた切符で、以下の形式のものがある。

○硬券
○東海道線経由で浦和まで
○行き先はスタンプで押印

大社駅では、1990年3月の最終営業日までこのパターンで特急・急行・指定券を販売していたとも考えられなくもないが、実際にどうだったかをいちいち調べていられないので、よくわからない…とするのが精いっぱいだ。

最後に売られた切符の形態がいかなるものか? ナゾだ。





建屋の中を写している。
天井にはシャンデリアが取り付けられている。
真ん中に「観光案内所」として使われていたブースがある。

と、案内通りのことを書けばいいのか…と思っていたら。

「切符販売所は観光案内所として利用されていたようです」

なんて一文を見つけてしまった。

【ある時期】
切符販売所。
中に切符棚が置かれていた。

【やがて】
正面から見て左手に、切符を売る窓口ができた。
『切符販売所』は『観光案内所』に転用された。
使わなくなった切符棚はそのまま置かれたのか、いったん倉庫のようなところに仕舞われたか…

ってことなのだろうか?
配置換えはあっても不思議はないのだが、ナゾだ。


大社線上り発車時刻を記した時刻表である。
普通に考えれば、営業最終日のものがそのまま残されていると考えられる。
15本の列車はこの通りと考えてよさそうだ。

ただ、よく見ると「乗り場ホーム」を示す「1」の右に、「記事」欄があって、細かい文字が記されている。
これが営業最終日のものかどうかは、疑問しか持てない。

営業最終日の少し前、3月10日にダイヤ改正があった。ここで、特急・急行の廃止とか、運行時間の変更があったとしたら「修正」しなければならないのが本来だが、「どうせ今月限りだから、業者に修正を頼んでもモッタイナイから放っておけ」とパネル修正せずにやり過ごした可能性もあるからである。

臨時の運休や時刻変更を無視した上だが、駅内の時刻表が「1990/03/31」のものかどうかについては、当時の時刻表を確認しない事にはわかりようもない。毎月発行される時刻表を所蔵する国立国会図書館か、時刻表を出版するJTB、交通新聞社、その他どこにいるかわからないマニアにあたるしか、確認する術がないのが現実である。

どうでもいいことだが、時刻表パネルの設置高さから、「記事」欄に記された
(特)やくも6号岡山行9分
(急行)さんべ号下関行7分
(特)出雲2号乗換行68分
などは文字の大きさから、近視や老眼から読めない人が続出していたんじゃないか? とも思えてしまった。







廃駅となった時点の駅舎をそのまま保存している形ではあるが、途中経過がどうだったんだろうか? みたいな事ばかりが頭をかすめてしまうのだった。書いていて、ナゾが湧きだしてしまったのでした。
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