ラジオスターとプロ野球
月曜日にみつけた、「日本プロ野球連盟が環境対策を発表...試合時間短縮で温暖化防止に協力」という記事を見つけたのだが実際のところ、最近のeco推進の流れにかこつけて試合時間短縮をしようというのが透けて見えてしまう。
試合時間短縮をすることによって、以下の対策ができてしまうことになるからです。
野球の試合時間の関係でスターが生まれた、というのは吉田照美と三宅裕司の1980年代ラジオスターをどうしても連想してしまう。
30年ほど前、AMラジオのいわゆるヤングタイムである9時過ぎの関東での聴取率順位は ニッポン放送(LF)>TBS>文化放送(QR) だった。
(※東京では、夜の時間帯では北海道HBCや大阪ABC・MBS・ラジオ大阪もなんとか受信できていた程度なので、リスナーは圧倒的に少ない)
1980年9月当時の平日の番組編成
TBS ナイター→21時からヤングワイド
QR 不明
LF ナイター→21時10分からヤングワイド
LF・TBSはナイター中継を毎日(それも試合終了まで)行う形式でやっていたが、QRは西武ライオンズ戦の中継を始めるまでは平日はナイター中継をやっていなかった。
そこで、他局のようにナイター中継に邪魔されない構成で、1980年6月に吉田照美アナウンサー(当時)をパーソナリティにした「吉田照美の夜はこれから てるてるワイド」が始まった。
このあとは、自分が思っていたことと現実にはずれがあったので、現実に即して書くことにする。吉田の人気もあって、番組開始2ヶ月目の聴取率調査で QR>LF>TBS と変わってしまっている。
ナイターが始まる時期までは、TBS・LFからリスナーが逃げたとは思えないのだが、ナイターシーズンに入った段階で、
に色分けられる結果が生み出されることになった。当時のヤングタイムのリスナーたちが、どちらを選ぶかは言うまでもない。
その後しばらくの間、関東ラジオのヤングタイムの雄は吉田照美ということになるが、やがて83年5月にLFがヤングタイムの開始時刻を22時と設定した「ヤングパラダイス」が始まった。
「ヤングパラダイス」が始まった段階では、三宅裕司は多数の出演者の一人でしかなかった。初代パーソナリティの実力不足もあって、吉田照美の牙城を崩すに至らず。
ところが、84年2月にパーソナリティが三宅裕司に代わってから事態が徐々に変わり始める。
21時ではナイター中継の影響を多くかぶっていたが、22時になるとその確率はかなり少なくなった。当時、ザ・ベストテンや中山美穂が出るようなドラマが21時台に設定されていたというのもあった。ナイター中継やTVドラマにお客様を取られにくい時間に開始となれば、あとは吉田と三宅の実力比べで三宅が勝ってしまったということにつながっていった。
その後、フリーになった吉田が司会をしていた「ぴったし!カンカン」で、ゲストに三宅裕司が出演し、お互い気まずい思いをしたという話が残っている。
おまけに、同時期の「吉田照美のやる気MANMAN」と「裕司と雅子のガバッといただき!!ベスト30」で、アシスタントが小俣雅子ということもあったりするのは、ただ笑うしかない。
しかし、三宅裕司と現在同じ事務所(アミューズ)所属ならこんなシェアがあっても不思議ではないですね。
※この項は、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を参考にしています。
環境対策を発表...試合時間短縮で温暖化防止に協力
3月17日21時6分配信 毎日新聞
日本プロ野球組織(NPB)は17日、今季から新たに環境問題に取り組むとして、具体的な計画をまとめた「NPB2008 グリーンベースボールプロジェクト」を発表した。「野球の力で温暖化ストップ」をキャッチフレーズに、試合時間短縮による二酸化炭素(CO2)排出量の削減や啓発活動を行う。
試合時間の短縮は、京都議定書で定められた日本の削減目標値と同じ6%を目指す。照明などの電力消費量を1シーズン(総試合数864試合)で約37万6000キロワット時、CO2換算で約209トンを削減する。過去10年間の平均時間3時間18分に対し、12分短くなる。
球場にタイマーを掲示し、選手交代や投球間隔のスピードアップを促す。既に一部のオープン戦で実施され、効果があったという。また「スピードアップ11カ条」を定め選手のロッカーなどに張り出すほか、ラジオや球場内の映像に環境メッセージを流す。達成できなかった場合は、NPBとしてCO2排出量を購入することも検討する。
東京都内のホテルで行われた記者会見にはヤクルトの高田繁監督、ロッテのバレンタイン監督、高橋尚成投手(巨人)、藤川球児投手(阪神)らが出席。ゲストとして同席した鴨下一郎環境相は「プロ野球が率先して環境問題に取り組んでもらえたのはうれしい。実現できるように、最大限の努力をしてほしい」と語った。【神保忠弘】
試合時間短縮をすることによって、以下の対策ができてしまうことになるからです。
- 他のスポーツに比べて試合時間が長いためにファンが取られている
- 民放地上波の巨人戦中継の21時台延長がなくされる
野球の試合時間の関係でスターが生まれた、というのは吉田照美と三宅裕司の1980年代ラジオスターをどうしても連想してしまう。
30年ほど前、AMラジオのいわゆるヤングタイムである9時過ぎの関東での聴取率順位は ニッポン放送(LF)>TBS>文化放送(QR) だった。
(※東京では、夜の時間帯では北海道HBCや大阪ABC・MBS・ラジオ大阪もなんとか受信できていた程度なので、リスナーは圧倒的に少ない)
1980年9月当時の平日の番組編成
TBS ナイター→21時からヤングワイド
QR 不明
LF ナイター→21時10分からヤングワイド
LF・TBSはナイター中継を毎日(それも試合終了まで)行う形式でやっていたが、QRは西武ライオンズ戦の中継を始めるまでは平日はナイター中継をやっていなかった。
そこで、他局のようにナイター中継に邪魔されない構成で、1980年6月に吉田照美アナウンサー(当時)をパーソナリティにした「吉田照美の夜はこれから てるてるワイド」が始まった。
このあとは、自分が思っていたことと現実にはずれがあったので、現実に即して書くことにする。吉田の人気もあって、番組開始2ヶ月目の聴取率調査で QR>LF>TBS と変わってしまっている。
ナイターが始まる時期までは、TBS・LFからリスナーが逃げたとは思えないのだが、ナイターシーズンに入った段階で、
- 「確実に9時に始まる」文化放送
- 「野球次第で放送開始がどんどんずれる」LF・TBS
に色分けられる結果が生み出されることになった。当時のヤングタイムのリスナーたちが、どちらを選ぶかは言うまでもない。
その後しばらくの間、関東ラジオのヤングタイムの雄は吉田照美ということになるが、やがて83年5月にLFがヤングタイムの開始時刻を22時と設定した「ヤングパラダイス」が始まった。
「ヤングパラダイス」が始まった段階では、三宅裕司は多数の出演者の一人でしかなかった。初代パーソナリティの実力不足もあって、吉田照美の牙城を崩すに至らず。
ところが、84年2月にパーソナリティが三宅裕司に代わってから事態が徐々に変わり始める。
21時ではナイター中継の影響を多くかぶっていたが、22時になるとその確率はかなり少なくなった。当時、ザ・ベストテンや中山美穂が出るようなドラマが21時台に設定されていたというのもあった。ナイター中継やTVドラマにお客様を取られにくい時間に開始となれば、あとは吉田と三宅の実力比べで三宅が勝ってしまったということにつながっていった。
その後、フリーになった吉田が司会をしていた「ぴったし!カンカン」で、ゲストに三宅裕司が出演し、お互い気まずい思いをしたという話が残っている。
おまけに、同時期の「吉田照美のやる気MANMAN」と「裕司と雅子のガバッといただき!!ベスト30」で、アシスタントが小俣雅子ということもあったりするのは、ただ笑うしかない。
しかし、三宅裕司と現在同じ事務所(アミューズ)所属ならこんなシェアがあっても不思議ではないですね。
※この項は、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を参考にしています。
- 文化放送ライオンズナイター
- 吉田照美のてるてるワイド
- ヤングパラダイス
- 小俣雅子
- 吉田照美
3月17日21時6分配信 毎日新聞
日本プロ野球組織(NPB)は17日、今季から新たに環境問題に取り組むとして、具体的な計画をまとめた「NPB2008 グリーンベースボールプロジェクト」を発表した。「野球の力で温暖化ストップ」をキャッチフレーズに、試合時間短縮による二酸化炭素(CO2)排出量の削減や啓発活動を行う。
試合時間の短縮は、京都議定書で定められた日本の削減目標値と同じ6%を目指す。照明などの電力消費量を1シーズン(総試合数864試合)で約37万6000キロワット時、CO2換算で約209トンを削減する。過去10年間の平均時間3時間18分に対し、12分短くなる。
球場にタイマーを掲示し、選手交代や投球間隔のスピードアップを促す。既に一部のオープン戦で実施され、効果があったという。また「スピードアップ11カ条」を定め選手のロッカーなどに張り出すほか、ラジオや球場内の映像に環境メッセージを流す。達成できなかった場合は、NPBとしてCO2排出量を購入することも検討する。
東京都内のホテルで行われた記者会見にはヤクルトの高田繁監督、ロッテのバレンタイン監督、高橋尚成投手(巨人)、藤川球児投手(阪神)らが出席。ゲストとして同席した鴨下一郎環境相は「プロ野球が率先して環境問題に取り組んでもらえたのはうれしい。実現できるように、最大限の努力をしてほしい」と語った。【神保忠弘】
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