暇つぶしに書いた怖いお話 その2
NHKがキャンペーンを打った「無縁社会」も、秋葉原や広島の自動車工場派遣工も…排除の生贄が氾濫を起こした面もある。その1の続きだ。
この国は、イヤなものはなんでも排除しようとする傾向が強すぎる。共存しても構わないようなものまで排除する。
その挙句に、人の判断力を除去するような事態にまで及んでいる。
排除の論理で簡単なところでは「除菌」がある。ICUのようなところでは理解できるが、家屋とか飲食店とかオフィスとか…過敏になりすぎ感が否めない。
おととい行った表参道イルミネーションでも「責任回避」ばかりと分からされる警備があった。
原宿駅前の歩道橋では、一瞬でも立ち止まろうものなら、クソ警備員が血相変えて排除してくる。
要するに、人が来るなとやっているようなものだ。いっそのこと歩道橋を使用禁止にすればいい。
地下鉄の通路が駅前歩道橋の代替手段として使えるのに、その案内をやっていない時点で職務怠慢である。
12月31日、元旦の初詣客による混雑には対処しきれんとは思うが、それ以外では駅の通路を通らせても何ら問題ないのである。
要するに、責任回避のために人を排除しているのである。
テレビで女性の裸が出てこなくなったのも、ケータイでフィルタリングがやかましいのも「責任回避」の「排除の論理」に他ならない。
ラブホテルを排除し、自室で子作りしようとしたら「嬌声がうるせぇ」と隣のババアが怒鳴り込む。これでどうやって少子化を防ごうって言うのよ。
レオパレス入居者は子供が作れない、なんてことが起きるじゃない。論理破たんの一端である。
件の男は、利根川に架かる大利根橋から身投げしてくれた方がよほどマシ…だが、「自殺するな」とやって排除すべき輩を排除させない不自然な社会構造にもなっているのもわかる。
富士の樹海、東尋坊、三段壁では「自殺」を忌み嫌う。いっそのこと、自殺志望者以外は立ち入り禁止にする代わりに、自殺を止めないところを1箇所作ってしまえばいいだけだ。
排除の論理をやりすぎた結果、恨みを買って排除される意趣がえしを食らうところが出てきている。
ソープランドやファッションヘルスを排除したら、かえって性的な犯罪が増え、警備強化で社会コストが増大するなんて、本末転倒なことがすでに起きてもいる。
企業にもその傾向が見える。その代表例がNECだ。
OKIや岩崎通信機は単純に事業衰退、JVCケンウッドやパイオニアなどのAV系はオーディオの低価格化と理解できたが、NECの事業領域を見ると、世界的には衰退の形跡がないので、ボンクラ経営者による経営失敗と明らかにわかる始末。
2ちゃんねるを見て理解できたのだが、排除の論理を社内でやってしまったということ。
部外からきたよそ者は冷遇で排除し、守ろうとした既得権はどんどん衰退し、くそジジイどもに所得移転させるような賃金体系に呆れて優秀なものからどんどん脱北し…
気がつけば、能力を使っても割が合わないとそれなりにしか仕事をしないものと、引き取り手がないポンコツばかりとなってしまった。
無能なのに管理職になってしまったものは、過大なノルマを押し付けられてうつや自殺が続出、でも中ではザマミロとしか思われない荒んだ職場と化したと読める。
当然凋落の一途へ。「責任が取られない」ので、仕事を任せられない。富士通、日立、東芝、三菱電機…どんどん後塵を拝すように落ちぶれてしまった。実行力のない政治家が淘汰されるのと同じこと。
貶めてやろうって恨みの自重に潰されつつある地獄絵を見るかのようだ。
35歳以上は転職先が乏しいとか、レールを一旦外れたら排除され続けるとか、起業のハードルが海外に比べて高すぎるとか…
日本社会の病巣がなければやってられねーと思う者はとっとと逃げ出し、とっくに破たんしているのである。
日本の地位が凋落したとされるが、その縮図を典型的に表すのがNECこと日本電気なのである。
芝浦のカネボウ、JALが陥落し、OKIが陥落寸前である。東京ガスが何ともないと思ってたら、ガスタンクをどかしていた。
東海道線の、山手線の、京浜東北線の、新幹線の堰が決壊したら、いの一番でやられるに違いない。
山一證券本社同様、NEC本社ビルにもNTTデータが入居するんですかね???
三菱自動車のようなUSO800偽装事件は表面的にはやっていないものの、中では人格破壊、侮辱同然の凶行が続いた挙句、組織そのものが身を滅ぼすことに至るのだ。
破たんしたJALや山一證券、北海道拓殖銀行では、経営陣の失態と組織の腐敗ぶりが書店に平積みされた。やがてNECは電子書籍の形で流布するだろう。
OKIやJVCケンウッドぐらいの規模では、そこまでやっても面白くも何ともないが、ある程度の規模になるとまとまってしまうものである。
「排除の論理」の犠牲者である取手一高のOBが犯行した取手駅から南に一駅行くと、天王台駅に出る。その駅から15分ほど歩くと、NECの我孫子事業場が。
「会社いじめ」なるブログを公開するNEC通信システム社員が、死に切れずに屈辱の時間を空費する様を記している。
荒川沖、取手、天王台、"取手の犯人が企てた"柏…、上野、秋葉原、田町。さらに、品川、武蔵小杉、新川崎…でき過ぎだが、恐ろしい。
酒鬼薔薇世代の常磐線の惨劇と、自らを排除するNECが、JRの線路でつながってしまう現実がある。まだ線路はつながっていないはずだが、東北縦貫線ができた暁には、JRのハラ次第で直通運転も可能。恐ろしいお話です。
恐怖の話はこれぐらいにしましょう。
この国は、イヤなものはなんでも排除しようとする傾向が強すぎる。共存しても構わないようなものまで排除する。
その挙句に、人の判断力を除去するような事態にまで及んでいる。
排除の論理で簡単なところでは「除菌」がある。ICUのようなところでは理解できるが、家屋とか飲食店とかオフィスとか…過敏になりすぎ感が否めない。
おととい行った表参道イルミネーションでも「責任回避」ばかりと分からされる警備があった。
原宿駅前の歩道橋では、一瞬でも立ち止まろうものなら、クソ警備員が血相変えて排除してくる。
要するに、人が来るなとやっているようなものだ。いっそのこと歩道橋を使用禁止にすればいい。
地下鉄の通路が駅前歩道橋の代替手段として使えるのに、その案内をやっていない時点で職務怠慢である。
12月31日、元旦の初詣客による混雑には対処しきれんとは思うが、それ以外では駅の通路を通らせても何ら問題ないのである。
要するに、責任回避のために人を排除しているのである。
テレビで女性の裸が出てこなくなったのも、ケータイでフィルタリングがやかましいのも「責任回避」の「排除の論理」に他ならない。
ラブホテルを排除し、自室で子作りしようとしたら「嬌声がうるせぇ」と隣のババアが怒鳴り込む。これでどうやって少子化を防ごうって言うのよ。
レオパレス入居者は子供が作れない、なんてことが起きるじゃない。論理破たんの一端である。
件の男は、利根川に架かる大利根橋から身投げしてくれた方がよほどマシ…だが、「自殺するな」とやって排除すべき輩を排除させない不自然な社会構造にもなっているのもわかる。
富士の樹海、東尋坊、三段壁では「自殺」を忌み嫌う。いっそのこと、自殺志望者以外は立ち入り禁止にする代わりに、自殺を止めないところを1箇所作ってしまえばいいだけだ。
排除の論理をやりすぎた結果、恨みを買って排除される意趣がえしを食らうところが出てきている。
ソープランドやファッションヘルスを排除したら、かえって性的な犯罪が増え、警備強化で社会コストが増大するなんて、本末転倒なことがすでに起きてもいる。
企業にもその傾向が見える。その代表例がNECだ。
OKIや岩崎通信機は単純に事業衰退、JVCケンウッドやパイオニアなどのAV系はオーディオの低価格化と理解できたが、NECの事業領域を見ると、世界的には衰退の形跡がないので、ボンクラ経営者による経営失敗と明らかにわかる始末。
2ちゃんねるを見て理解できたのだが、排除の論理を社内でやってしまったということ。
部外からきたよそ者は冷遇で排除し、守ろうとした既得権はどんどん衰退し、くそジジイどもに所得移転させるような賃金体系に呆れて優秀なものからどんどん脱北し…
気がつけば、能力を使っても割が合わないとそれなりにしか仕事をしないものと、引き取り手がないポンコツばかりとなってしまった。
無能なのに管理職になってしまったものは、過大なノルマを押し付けられてうつや自殺が続出、でも中ではザマミロとしか思われない荒んだ職場と化したと読める。
当然凋落の一途へ。「責任が取られない」ので、仕事を任せられない。富士通、日立、東芝、三菱電機…どんどん後塵を拝すように落ちぶれてしまった。実行力のない政治家が淘汰されるのと同じこと。
貶めてやろうって恨みの自重に潰されつつある地獄絵を見るかのようだ。
35歳以上は転職先が乏しいとか、レールを一旦外れたら排除され続けるとか、起業のハードルが海外に比べて高すぎるとか…
日本社会の病巣がなければやってられねーと思う者はとっとと逃げ出し、とっくに破たんしているのである。
日本の地位が凋落したとされるが、その縮図を典型的に表すのがNECこと日本電気なのである。
芝浦のカネボウ、JALが陥落し、OKIが陥落寸前である。東京ガスが何ともないと思ってたら、ガスタンクをどかしていた。
東海道線の、山手線の、京浜東北線の、新幹線の堰が決壊したら、いの一番でやられるに違いない。
山一證券本社同様、NEC本社ビルにもNTTデータが入居するんですかね???
三菱自動車のようなUSO800偽装事件は表面的にはやっていないものの、中では人格破壊、侮辱同然の凶行が続いた挙句、組織そのものが身を滅ぼすことに至るのだ。
破たんしたJALや山一證券、北海道拓殖銀行では、経営陣の失態と組織の腐敗ぶりが書店に平積みされた。やがてNECは電子書籍の形で流布するだろう。
OKIやJVCケンウッドぐらいの規模では、そこまでやっても面白くも何ともないが、ある程度の規模になるとまとまってしまうものである。
「排除の論理」の犠牲者である取手一高のOBが犯行した取手駅から南に一駅行くと、天王台駅に出る。その駅から15分ほど歩くと、NECの我孫子事業場が。
「会社いじめ」なるブログを公開するNEC通信システム社員が、死に切れずに屈辱の時間を空費する様を記している。
荒川沖、取手、天王台、"取手の犯人が企てた"柏…、上野、秋葉原、田町。さらに、品川、武蔵小杉、新川崎…でき過ぎだが、恐ろしい。
酒鬼薔薇世代の常磐線の惨劇と、自らを排除するNECが、JRの線路でつながってしまう現実がある。まだ線路はつながっていないはずだが、東北縦貫線ができた暁には、JRのハラ次第で直通運転も可能。恐ろしいお話です。
恐怖の話はこれぐらいにしましょう。
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