今となっては就学支援ポスターしか印象に残っていない、JR中愛別駅

「改札口跡」がある愛別駅を後にし、大雪国道・39号線をひたすら北見に向けて進んだ。
中愛別郵便局の角を左に曲がると、JR中愛別駅にたどり着く。

この駅にたどり着く前と、駅を発った後の印象、さっぱり残っていない。
だが、記憶に間違いがなければこの駅の待合室に、北海道上川高校への就学支援ポスターが貼られていた現実だけは辛かった。就学支援ポスターの写真を撮っていなかったのが無念だ。

記憶があやふやなので、ごくシンプルに写真を貼るだけで終わりです。



JR中愛別駅1
JR中愛別駅2
国道39号線の郵便局の角を曲がると、真正面に小さな駅舎が現れる。

いかにもインスタ映えしそうなアングルだ。




JR中愛別駅3
駅舎側・下り線ホームから、駅名標が入るよう中愛別山を撮影した写真




実際には、線路の上に設置された跨線橋(陸橋)や、ホームの手前で単線から複線に変えられる線路の写真も撮っているのだが、長々しくなるので掲載していない。

その一方、現地ではふーん…としか思わなかった「北海道上川高等学校就学支援制度」のポスターについてだけは、写真を撮っておくんだったと後悔しきりだ。

若年層の人口減少が激し過ぎ、「(市区町村の)町」地域を構成するのに必要な施設と考える、高等学校を維持するためにこんなことまでしなければならないなんてと。それも、隣接しているとはいえ、上川町内ではない愛別町にまでポスターを貼らなければならないなんて。

中愛別駅がある愛別町は、若年層の人口減少が激し過ぎる結果、2011年3月をもって高校が無くなった。
愛別町内の自宅から高校へ通学するなら、西の旭川市内か、東の上川町内の上川高校しか選択しようがない。

旭川市内ではまだ若年層の人口減少が激し過ぎるなんて事態に至っていないのだが、上川町内は愛別町同様若年層の人口減少が激し過ぎる現実がある。

そこで、上川町は町内に高校を存続させるために、血税をはたいてまで、町外からも「制服代や教科書代、通学交通費や下宿補助のお金を上げるから生徒になって」と懇願しているように見えた。理屈の上だが、「どこの人」「いくつの人」なんて規定がないので、最終学歴が中学校卒業の老人でも、遠島扱いの手に負えないなんとかでもいいとなってしまう。

その懇願が何をもたらしているか…考えたくもない。

北海道上川高等学校について、どうしても頭をかすめてしまうのは、2018平昌オリンピック金メダル候補の高梨沙羅選手に逃げられてしまった感じのこと。

上川町立上川中学校→旭川市のグレースマウンテンインターナショナルスクール入学4ヶ月後に「高認合格」→1年次早く日本体育大学へ入学

いわゆる(国公立私立を問わず)進学校や拝金主義私立スポーツ高校でないのなら、地元の高校に素直に進めばいいのでは? と素人目には思えてしまうので、逃げられてしまったように感じられてしまう。だからそこまでアゴ足つきで…なんて印象を持たされることに。

生々しい「就学支援制度」ポスターの後味の悪さばかりが印象に残ったのでした。





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「町」の中心駅だが、その面影いまいずこ…愛別駅その2

農協と間違えそうな風情で
中に入ったら、撤去するまでもないので残ってしまったベンチと、「広告跡パネル」がある待合室

必要最小限のメンテナンスはされているようではあるが、時の流れに身をまかせるしかなかった姿が、JR愛別駅の駅舎に現れてしまっている。

時の流れに身をまかせ…テレサ・テンかよ?
なんてボケてもしょうがない。

「時の流れに身をまかせ」で押し通してしまおう。

JR愛別駅その1の続きです。



国鉄最終年度の昭和六十一年度(1986年度)にヒットしたのが「時の流れに身をまかせ」なる歌である。
JR愛別駅の駅舎にポスターに、さすがに「日本国有鉄道」のものは残されていない。「JR北海道」のものが貼られていた。しかし、駅舎や待合室は「時の流れに身をまかせ」がHBCやSTVのラジオから流され始める前の時代へタイムスリップしたかのようだった。

入場券を買わなくても、ホームに立てる無人駅のような駅へ行った場合、とりあえずホームに立ってみることにしている。
JR愛別駅でも、そのルーチンに従い、ホームに向かってみた。

JR愛別駅4
まず、ホームで写した写真である。

いくら無人駅とはいえ、立派な現役の駅である。

それなりに人手が加えられていることが、風雨等でグチャグチャにされそうな上り線ホームの砂利が、きれいに敷かれている姿からわかる。

線路は、北見・網走方面への特急を筆頭に、列車の運行に使用されている現役なので、無人駅であるかどうかに関係なく整備されていなければならない。

この写真で一番大事なのは、駅舎側の下り線ホームから、上り線ホームへ掛けられる跨線橋である。
いつ作られたものなのかは判然としない。
ただ、国土地理院が提供する、1974~78年に撮影された空中写真・衛星画像では、跨線橋らしき構造物は確認できないため、この写真撮影以降に取り付けられたものと推定できる。たぶんだが、JR発足前竣工でしょう。

跨線橋
「陸橋」と言い換えられること多し



JR愛別駅5
上り線ホームから、待合室からホームに出るドアの写真である。

乗降客などが、ドア開閉などでどこを触っていったか、荷物などがぶつかったの積み重ねがわかってしまう。
ドアノブ(取っ手)にはサビが出にくいようメッキが掛けられるものだが、ドアそのものは鉄板にペンキが塗られる程度がせいぜいだ。
それから、ドアノブは交換しやすいつくりにもなっている。
そんなことで、ドアノブはダメになりにくいのか、交換された結果新しくなっているかの判断はできないが、使いにくい、サビていたなどの記憶は残っていない。

ドア上に取り付けられている【愛別駅】のプレートは、めぐるめぐるよ時代はめぐる…なんて中島みゆきを思い出すまでもない程度なのだが、ドアにサビが噴き出している姿には、老朽化の姿を感じざるを得ないのだった。

サビが噴き出たドアの右に、サビの気配が見受けられない、アルミ製のようなドアもあるが、これは2003年3月31日まで簡易委託で駅員が窓口にいた跡と思われる。今では、その窓口が物置にされているのか、がらんどうで放置されているのか…管理者じゃないので知る由もない。





無人駅、それもかつて友人だった駅にありがちな風情が、愛別駅にあったのだった。

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「町」の中心駅だが、その面影いまいずこ…愛別駅その1

2017年9月11日、旭川でレンタカーを借りてから北見へと向かう、北海道東の旅程を取った。
ほぼ国道39号線を行く形で。

実際には、JR函館本線最北の無人駅・近文駅に寄ってから39号に向かうルートを取った。
その道すがら、石北本線の駅が近くにあったら、立ち寄っていこうなんてノリで移動していた。
カーナビの助けがあるので、駅を探すのも、目的地にするのもそんなに難しくない。

愛別町市街の外れにある、JR石北線愛別駅に向かってみた。
昔は使われていたものが、ふたをされ、裏返しにされ…子供が巣立ち、伴侶が旅立った後の高齢者住宅に通じるものを感じてしまった。



JR愛別駅1
まずは駅舎の前景から。
このときは、ガランと広い駅前スペースに、工事業者の車がちらほら止まっていた状態だった。

なお、この写真を「駅」と言わずに見せたら、農協(JA)のようなものと思う人が続出する気がする。
JR愛別駅2
ドアを開け、駅舎の中へ入ってみた。
列車がやってくる直前でも、やってきた直後でもなかったので、誰も人はいなかった。

無人駅である。
もう使われない、改札が残されていた。
「ホームへの入場案内」「切符の手売り」などをする駅員のブースに前に板が打ち付けられたとしか思えない形跡まである。

列車がやってくる前に、ドアを開けてホームへ行ってくれなんて形になっている。



JR愛別駅3
かつては、列車の待合室としてちゃんと機能していたような待合室である。

でも、どこか遠地へ向かう手段が自動車の普及で、鉄道を使う必要性が減ってしまったので、これでも過剰施設になってしまう。
壊れるまでこのままにしておけばいいって感じが、プラスチック製のベンチに感じられる。

それから、バックライトに照らされる旭川市内にある病院の広告が悲しい

病院しかないって…とも思わないでもないが、6つあるパネルのうち2つは撤退後で真っ白、残り4つは病院。4つの病院のうち3つは裏返しになって「広告していない」ことになっている。
広告の字体は、いかにも昭和のもの。

【表向き】
内科・胃腸科はらだ病院
【裏返し】
整形外科進藤病院
池田眼科
奈良眼科

あれから30年…まるで綾小路きみまろの決まり文句のようになってしまう。
広告版に残った4つの病院について、検索してみたらなんということでしょう。
全て、電話番号の変更もなく現存している。

うまく書けないが、悲しいものを感じさせられるのだった。

最低限の補修はしているが、そこまで。どうにもならないが、悲しい

その2に続きます。





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旭川駅との落差が露わすぎる無人駅、JR函館本線・近文駅(その2)

その1の続きです。
進研ゼミ教の高校信者には「部活も恋愛も勉強もうまくいく」なんて全く歯が立たない一方、「氷川きよし教」のようなオバサンには馬耳東風なダイヤのお話が中心です。



JR近文駅ホーム待合室2
JR近文駅ホーム待合室4
小屋のようなホーム上の待合室に入ってみた。
中はそれなりに作り変えられていたので、不快さは全く感じなかった。

酷い待合室になると、換気されずに溜まりよどんだ異臭が漂っていたり、ドアた窓のあたりに蜘蛛の巣が張っていたりするのであるが、ここではそんな気配は全くなかった。
ただ、中に掲示された時刻表に残酷な現実が投影されてしまっている。
JR近文駅ホーム待合室3
1日に(上り)旭川駅行き9本、(下り)10本。(時刻表に記されていないが)通過していく特急の方が多い哀しい現実もある。
時刻表の中身を見ると、いかにも「高校通学」に主眼が置かれるとわからされる。

午前7時台の旭川行き2本、15時19分留萌行き、16時16分・17時40分の岩見沢行きの箇所だけが便数多しとなるが、これはいかにも高校通学用と見えてしまうばかり。
特に7時51分旭川行きは「高校へ登校する生徒」、16時16分の岩見沢行きは「高校から下校する生徒」が主眼のように見える。

なお、「部活も恋愛も勉強もうまくいく」冷笑させられるばかりの進研ゼミ教は、このダイヤに合わせなければならない自宅通学生徒には通用しない。
部活の終了時間とダイヤのかみ合わせから、早じまいとかアイドリングタイム発生みたいなことが起きてしまうんですから。

それから、「ホテルに1泊してまでコンサートを見に来る人」を除く、近隣の住民にも使い勝手が悪い。
旭川市民文化会館での公演に関する、開演時間を見てみた。

上田正樹、斉藤和義、玉置浩二…旭川以外と同じく平日は18時30分開演なのには驚きもしないが、終演時間で列車が終わっていないか? 気になってしまった。
氷川きよしの公演は平日の12時と16時の2公演なので、最終列車を意識しないでいいんだろうが、デイタイムは拘束される学生や勤め人のお客様はほとんどいないので問題にしてもしょうがない。【氷川きよし】を福田こうへい、山内惠介、石川さゆり、森昌子、細川たかし、五木ひろし、森進一、北島三郎、綾小路きみまろなど、「あれから40年」とやっても話になってしまうお客様が中心の歌手に置き換えても、問題がない。
JR近文駅駅名標
最後は駅名標です。




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旭川駅との落差が露わすぎる無人駅、JR函館本線・近文駅(その1)

2017年9月11日10時過ぎ、日本最北のターミナル駅・JR旭川駅の隣にあたる、JR函館本線近文駅へ行った。
お約束のように写真を撮った。

無人駅だった。

それなりに駅舎は綺麗にされていたが、いかにも自家用車やトラックに客を奪われた後、みたいな雰囲気を醸し出していた。

旭川のような、人口数十万程度の都市圏では、鉄道が引かれていても、下駄ばき代わりに使えるほど鉄道の本数がない。
だから、通勤客はダイヤに勤務時間を縛られないよう、マイカー通勤に移ってしまう。
お買い物もマイカーで…近くのイオンモール旭川西がその現実を投影する皮肉さまである。

この駅も御多分に漏れず、高校通学客が利用客の中心になってしまっていそうに思える。



没個性だが、整備はちゃんとされているJR旭川駅である。
都市計画に従って…とよそと代り映えしない施設の中心になんて感じなのが残念過ぎる。

倉敷では「アリオに行けば」、鹿児島では「アミュプラザに行けば」とジモティに勧められるのに似た、「イオンモールに行けば」とされてしまいそうな駅とSCのセット、苦笑してしまう。
JR旭川駅北口1

JR旭川駅は、国鉄当時に設定された「幹線」の最北端でもある。
函館から旭川までの函館本線が「幹線」なので、旭川駅も「幹線」となる。

函館本線の終点1つ前、近文駅も必然的に「幹線」。

ただ、旭川程度の都市圏では、鉄道に関する施設整備は「中心駅」ばかりになりがちだったりする。
JR近文駅駅舎1
JR近文駅ホーム待合室1
JR近文駅駅舎2
近文駅駅舎は、正面から見ても、その反対側(ホーム側)から見ても、それなりに金をかけて、ボロくならないよう建て替えられているのであるが、ホーム上にある待合室はいかにもな時代物とわかる。

ホーム待合室の木造建屋、築50年は優に経過していそうだ。
(その2)に続きます。




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アド

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プラチナヒルズ

Author:プラチナヒルズ
黄海…もとい後悔三国(中華人民共和国、大韓民国、朝鮮民主主義共和国)は反日で構わないが、プロパガンダで貶めるから嫌いです。
原発は放射性廃棄物の無害化技術が実用化されたら賛成に回ります。

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